こだわったっていいじゃない、これから何十年も過ごす家だもの

 前回や前々回の続きみたいなものです。お金も出さないのに口は出すのかと自分に対しても思ってしまう私は、家に対して「こだわる」という言葉を過剰に嫌がるようになりました。だからA社との打ち合わせでも、他の人の希望や意見を考えて発言することは多くても自分の希望を強く押し出たりはせず、本当の希望はあんまり出してきませんでした。ブログではあれこれ書いているけれども。

 例えば回遊同線とか考えた間取りにしたかったなぁと思うし、書斎とまではいかずとも本を置くスペースがもうちょっと欲しかった。部屋にもう少しゆとりが欲しかったし、洗面所と脱衣所は分けたかったし、屋根裏収納欲しかった。まぁなんていうか、もうちょっと間取りにこだわりを出したかったです。今、正直な気持ちを述べると。

 でもP子母が寝室狭いのは嫌だと言ったりストーブは絶対に欲しいと言ったり、予算の都合上どうしても60坪に抑えたいのにどうやってもオーバーしてしまうものだから、自分の意見など言えませんでした。夫母も後から広範囲の土留めの希望を言い出したりするし、夫祖母の寝室もゆとりが無いと夫叔母達がうるさいだろうし、そこに私の意見まで混ぜたら収集がつかなくなると萎縮していました。夫は夫で「たまたまA社が注文住宅なだけで、別に建売だって俺は平気だし」とか腹の立つことを言います。うるせえあんまりそういうこと言うとホントにトイレの壁紙ピンクにしてやるぞ(怒)。しかもショッキングピンクだからな。私は別にショッキングピンクでも平気ですけどね。暖かそうだし。もう何が言いたいのか分からなくなってきた。とりあえずトイレをショッキングピンクにというのは違うと思います。

  とにかく、こだわりが強いのはそんなに悪いことなのかと思うんですよ。何も考えないよりよっぽどマシじゃないですか。何も考えず家を建てて後悔して「家は3回建てないとね~」とか言うより何倍も何十倍もマシ。やらずに後悔するくらいなら、やって後悔した方がずっとマシ。そうでしょ。

 だから周囲の意見がうるさいのではなくて、自分の意見を出せないのが問題なんです。いつしか自分の意見が言えなくなり、「私がこだわりを見せる=悪いこと」だと思うようになってしまいました。余計に「好きで家建てるわけじゃないし」と腐れるようになりました。人の意見ばかり尊重して自分の好きなようにできず、希望というより納得できるかどうかに焦点を当てていたから、そりゃあ楽しくないでしょう。何のための注文住宅なんですか。自分の意見だって大事にするべきです。というか、もっと自分を大事にしようよ。まぁ、あんまり予算オーバーするようなこだわりは無理だけども、できる範囲内で好きにしたらいいんだよ。

 と、自分に言い聞かせるのでした。あ、ローンは本審査通ったらしいです。よかった、あんなんでも通ってよかった……。

 

 ※2021年4月 加筆修正